室内気流分布を考慮した住宅の通風性能評価に関する研究

 

@ 研究目的

 近年の住宅の高気密・高断熱化は、室間温度差の減少など特に冬季の温熱環境の快適性向上に大きく寄与していますが、その反面、日本の伝統的な採涼手法である通風に対する配慮が不十分な場合も多く、夏季の室内温熱環境の悪化を引き起こしている例もあります。今後は、省エネルギーの観点からも、通風の積極的な利用が望まれます。

 通風は、建築環境工学の分野において、古くから研究されているテーマですが、今までの研究では、主に通風量の予測に主眼が置かれており、通風時の室内の風速分布を考慮した研究は少ないです。しかしながら、通風の目的は、窓を開放することにより在室者に可感気流を与え、体感温度を低下させることですので、通風量だけで建物の通風性能を評価することには限界があります。即ち、通風時の室内気流分布を正確に把握することが適切な通風計画において極めて重要となります。一方、最近のCFDに基づく気流解析技術の進歩は、実測や風洞実験で明らかにすることが困難な通風時の室内外の気流分布の詳細な予測を可能としていますが、その温熱環境の改善効果を定量的に評価する手法の確立が課題として残されています。

 本研究では、室内外気流同時解析による乱流数値計算及び多数室熱負荷・換気回路網計算により、通風時の室内の体感温度指標を算出し、通風による室内温熱環境の改善効果の定量的評価を試みます。

 

A 研究概要

1)解析対象(図1)

 日本建築学会の住宅用標準問題モデルを解析対象とします。図1に解析対象モデルのメッシュ分割を示します。

2)解析方法(図2)

 図2に解析のフローを示します。建物内外気流の予測には標準k-εモデルを用いた数値解析手法(CFD)を用います。8風向について計算を行い、流入風速は1/4乗則を仮定して与えます。一方、通風時の室内の温度やグローブ温度等の算出は多数室の熱負荷・換気回路網計算ソフトであるTRNSYS-COMISを用います。

 まずCFDにより得られた通風時の室内気流分布に、気象データ(日本建築学会・拡張アメダス気象データ)から得られた風速値による実スケールへの換算を行い、3次元の室内風速分布を得ます。ある期間における平均的な風速分布が得たい場合は風配による重みづけを行います。任意の人体条件を仮定し、TRNSYS-COMISにより得られた室温、グローブ温度等とCFDによる室内風速分布の予測結果を組み合わせることにより、室内の温熱環境指標(SET*、PMV)を算出し、通風による温熱環境の改善効果の定量的評価を行います。

 

B 東京・新潟の風配及び風速(図3、図4)

 図3に東京、新潟における夏季(7,8,9月)の風配図を、図4に東京、新潟における屋外風速の累積頻度を示します。

 東京では風向Sの発生頻度が最も高く、新潟では風向S、NEの発生頻度が高くなっています。屋外風速2.0m/sにおける累積頻度は東京で約70%、新潟で約50%であり、新潟のほうが屋外風速は強く吹きます。

 

C CFD解析結果

1)室内気流分布(図5、図6)

 ここでは、8風向のうち出現頻度の高い風向Sにおける1Fの室内気流分布(床上高さ=1.1m)及びA-A’断面(図1参照)の鉛直分布を示します。図中の数字は棟高の風速を基準風速とした風速比を示します。

 図5に風向Sの室内気流分布を示します。@室南窓から外気が流入し、@室西窓及びA室西窓から流出します。主流方向に大きな開口があるため、この窓間に明確な通気輪動が形成されています。

 図6に風向Sにおける風速のA-A’断面の鉛直分布を示します。1F部分では、やや下向きの気流が、@室南窓から室内に流入し、開口部付近で再び縮流し、A室北窓から屋外にやや上向きに流出する様子が明瞭に観察されます。

2)東京と新潟の夏季の室内平均風速分布の比較(図7)

 東京、新潟における夏季の室内平均風速分布を、8つの各風向に対応した風速比及び夏季の平均屋外風速を用い、重み付けして算出しました。図7に東京、新潟における夏季の室内平均風速分布(1F)を示します。

3)まとめ

・主流方向に対して開口がある場合には、明確な通気輪動が形成されますが、開口がない場合には、明確な通気輪動は形成されにくくなります。

・東京、新潟とも南風が多く、両地域を比較すると、屋外風速の速い新潟の方が平均的に室内風速は速くなっています。

 

D SET*の分布

1)室内気流分布(図8)

 図8に東京における8月のSET*と各温熱要素の日変化を示す。居間のP地点(図1(1))参照)に居住者がいると仮定します。深夜から早朝にかけて比較的気流速度が速い日はSET*は室温より低くなります。日中も気流速度が速い日は遅い日に比べ、SET*は1〜2℃低くなります。

2)SET*と室内気流速度の関係(P地点)(図9)

 図9に東京、新潟の8月におけるSET*の累積頻度を示します。東京ではSET*が快適範囲である23〜26℃は全体の約20%、新潟では約35%となり、気温はほぼ同じであるにもかかわらず気流速度が速い時間が多い新潟の方が快適範囲に入る時間数が多くなります。

3)まとめ

・開口の多い南側から外気が流入した場合、室の中央ではSET*は室温より2〜3℃低くなり、気流速度が速くなると体感温度は低下します。

・8月は、新潟では東京に比べ気流速度が速い時間が多く、気温はほぼ同じであるにもかかわらずSET*の快適範囲である23〜26℃に入る時間も約2倍となり、気流速度の影響による体感温度の低下が顕著に見られました。

 

E PMVの分布

1)PMVと各温熱要素の日変化(図10)

 図10に東京における8月のPMVと各温熱要素の日変化を示します。居間のP地点(図1(1)参照)に居住者がいると仮定します。室温の低い8/1〜4はPMVは日中もほぼ快適範囲であり、気流速度の速い時には涼しいと感じる時間帯もあります。暑い日においては日中はかなり暑いと感じる状況にあり、快適範囲になる時間帯は深夜、早朝の数時間です。

 2)PMVと室内気流速度の関係(P地点)(図11)

11に東京、新潟の8月におけるPMVの累積頻度を示します。東京、新潟ともPMVの快適範囲である-0.5〜0.5に入る時間は全体の3割程度となっています。

3)まとめ

8/29の8:00において、新潟は東京に比べ室温は1.5℃高いですが、気流速度が速いため室内のPMV分布は同程度かそれ以下になり、通風による効果が見られました。

・室温が30℃未満であり、気流速度が比較的速い場合にはPMVが快適範囲になる時間が多くなります。室温が高くなると気流速度の影響は小さくなる傾向にあります。PMVが快適範囲になるのは8月の総時間数の3割程度となりました。